負の感情は、学びを妨げるのか|Emotions in Learning at Work: A Literature Review

2020年〜2024年

本記事では、フィンランド・ユヴァスキュラ大学のPäivi Hökkä、Katja Vähäsantanen、Susanna Paloniemiによる「Emotions in Learning at Work: A Literature Review」(Vocations and Learning誌、2020年)を紹介します。職場における学習と情動の関係を扱った31本の論文を分析し、この領域の到達点と空白を整理したレビューです。

研究の背景・目的

数十年前まで、職場は合理的な領域と見なされ、従業員には情動的に中立な遂行が求められていました。組織における人間の行動は、認知的プロセスに基づく計画と計算に導かれるという前提です。

しかし近年、パラダイムシフトが起きました。情動が職場や組織行動、リーダーシップにおいて重要な役割を果たすことが、繰り返し示されるようになったのです。

それにもかかわらず、従業員やリーダーの「学習」に関わる情動的側面を扱った研究は、ごく限られていると著者らは指摘します。職場学習の領域において、情動という次元は等閑視されてきた。本研究は、この領域で何がなされてきたのかを整理し、傾向と空白を明らかにすることを目的としています。

方法

専門職・成人学習を扱う査読付き国際誌14誌を対象に、2000年から2017年に発表された論文を検索しました。教師教育系の雑誌は、教師の情動に関する研究が非常に多くレビュー全体を歪めかねないという理由で、この段階では除外されています。

第2段階でGoogle ScholarとERICを用いて補完し、計61本を精読。「情動と職場学習の両方を扱っていること」という基準で、最終的に31本が選定されました。分析には主題的レビューの手法(Braun & Clarke, 2006)が用いられ、研究者間トライアンギュレーションによって質が担保されています。

結果・考察のポイント

情動はどう理解されてきたか

31本の論文における情動の捉え方は、4つに分類されました。

  • 情動的経験(最多):個人が経験する感情や情動状態
  • 情動的反応(9本):職場における行動や特定の振る舞いとして
  • 情動知能:測定可能な社会的・情動的コンピテンシーとして
  • 情動労働(3本):情動表出のルールに焦点

興味深いのは、情動的経験として扱う論文のうち、2本を除くすべてが恐れ・不安・不安定さといった否定的情動に焦点を当てていた点です。また、情動の定義や理論的背景を明示している論文はむしろ少数でした。

職場での学習はどう理解されてきたか

  • 参加的実践を通じた学習(12本):社会文化理論に基づき、共同体への参加や新しい実践への従事として
  • 認知的学習(8本):意味生成、批判的省察、問題解決として
  • 情動スキルの発達(7本):自らの情動的反応を管理し、自己調整する過程として
  • アイデンティティ学習(4本):新しい存在になっていく変容的過程として

両者の関係

関係の方向は、明確に非対称でした。

  • 情動 → 学習:21本。情動が学習を支え、引き起こし、枠づける
  • 学習 → 情動:10本。学習が情動を生み、呼び起こす

後者では情動が主に情動知能として扱われ、情動スキルの発達を通じて学ばれうるものとされていました。なお、アイデンティティ学習が情動にどう影響するかは、まったく検討されていません

否定的情動をめぐる複雑さ

本レビューで最も示唆的なのは、否定的情動の扱いです。Saunders(2012)は、教師の不安や不安定さの経験が新しい教授実践の試行を妨げたと報告し、Colley(2012)は緊縮財政下の情動的苦痛が職場学習を阻害し「学ばないこと」を引き起こしたと述べています。

一方で、Reio & Callahan(2004)は、不安は社会化に関わる学習に負の影響を与えるが、怒りは正の影響を与えるという証拠を示しました。さらに複数の論文が、職場学習における否定的情動の建設的で力を与える側面を強調しており、従業員が情動を共有し議論するための時間と空間の必要性を指摘しています。

Rausch らの研究も示唆的です。問題を検知した後、熟達者のほうが初心者より否定的な情動状態を報告しやすかった。これは熟達者が問題の帰結をより深く理解しているためだと説明されています。

今後の課題として指摘されたこと

  • 否定的情動への偏り。肯定的情動を無視する正当な理由はなく、より多くの研究が必要
  • 職場学習研究において、専門的アイデンティティの発達は、とりわけその情動的次元において十分に検討されてこなかった
  • 対象領域の偏り。教育・医療・ソーシャルワークに集中し、産業や民間部門が不在
  • 方法論の偏り。質的研究が中心で、量的手法の活用が必要
  • 地理的な偏り。ほぼすべてが欧米、とりわけヨーロッパの文脈

現場への示唆

教師の学びを考えるとき、私たちはしばしば「前向きな雰囲気があれば学びが進む」という前提を置きがちです。しかし本レビューが示すのは、その図式がそれほど単純ではないということです。

不安が挑戦を妨げることもあれば、怒りが社会化を促すこともある。熟達者ほど問題に直面したとき否定的な情動を抱く。校内研修や授業研究の設計において、否定的な情動を排除すべきノイズと見なすのか、それとも学びの契機として扱うのか。この選択は、実践の質を左右します。

まとめ

本研究は、職場における情動と学習の関係を扱った研究が、まだきわめて少ないことを明らかにしました。同時に、その少ない蓄積のなかにも、単純な「肯定的情動=促進/否定的情動=阻害」という図式では捉えきれない知見が含まれていることを示しています。今後の研究の見取り図として有用な一本です。


専門家コメント

本レビューを読んで最も励まされたのは、肯定的情動が学習を支え、否定的情動が学習を妨げる、という単純な図式は成り立たないという知見である。不安が新しい実践への挑戦を妨げる一方で、怒りが社会化を促す。熟達者ほど問題に直面したときに否定的な情動を報告する。そして複数の研究が、否定的情動の建設的で力を与える側面を指摘している。

自分はこれまで、教師の学びは葛藤や問題状況を起点として立ち上がるのではないかと考えてきた。協同学習モデルの適用過程を追った研究でも、うまくいかない局面、停滞を感じる局面が、その後の転換点になっていた。本レビューの整理は、その見立てを裏づけてくれるものだった。学びを促すために不快を取り除くのではなく、不快とどう向き合う場をつくるかが問われているのだと思う。

もう一点、考えさせられたのは「職場における学習研究において、専門的アイデンティティの発達は、とりわけその情動的な次元において十分に検討されてこなかった」という指摘である。これは重要な空白の指摘だが、同時に、対象を「情動(emotions)」という語で切り取ると、範囲がやや狭くなってしまうのではないかとも感じた。

というのも、実際の研究には、満足感や達成感といった、専門性が充足される経験がその後の職能発達につながっていく、という知見をしばしば見かけるからである。それらは狭義の情動というより、専門職としての手応えや充実感と呼ぶべきものかもしれない。だが、教師が何によって次の一歩を踏み出すのかを考えるうえでは、むしろこちらのほうが実感に近い。

本レビューが情動と隣接する概念(affect、mood、feelings)を明確に区別し、あえて情動に絞ったことは、方法論的には筋が通っている。ただ、専門性の充足経験まで射程に含められれば、対象となる論文はもっと増え、アイデンティティ発達と情動的次元の関係についても、より厚みのある議論ができるようになるのではないだろうか。今後この領域を掘り下げるなら、どこまでを含めるかという線引きそのものが、一つの論点になりそうである。


元論文情報

  • タイトル: Emotions in Learning at Work: A Literature Review
  • 著者: Päivi Hökkä, Katja Vähäsantanen, Susanna Paloniemi
  • 掲載誌: Vocations and Learning, 13, 1–25
  • 発行年: 2020(オンライン公開2019)
  • DOI: 10.1007/s12186-019-09226-z
  • URL: https://doi.org/10.1007/s12186-019-09226-z

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