コミュニティの熱狂、崩壊、再構築までの15年|Beginning, rise, fall, and comeback: Exploring the journey of a physical education teacher community in South Korea

2020年〜2024年

本記事では、Yongjin Lee(ノースカロライナ大学グリーンズボロ校)ら4名による「Beginning, rise, fall, and comeback: Exploring the journey of a physical education teacher community in South Korea」(European Physical Education Review誌、2024年)を紹介します。韓国のある体育教師コミュニティが15年かけてたどった軌跡を、「始まり」「隆盛」「衰退」「復活」の4段階として描き出した事例研究です。前回紹介したParker et al.(2022)のスコーピング・レビューが指摘した3つの空白に、正面から応えた研究でもあります。

研究の背景・目的

教師コミュニティは、外部専門家による従来型の研修の限界に対して、教師の実践を効果的に変容させる有望なアプローチとして注目されてきました。しかし著者らは、Parker et al.(2022)のレビューを踏まえ、なお探究が必要な3点を挙げます。

  1. コミュニティの持続性——長期にわたる変化を追った研究がほとんどない
  2. メンバー間の権力関係——それがコミュニティの持続にどう影響するかが未解明
  3. 韓国の事例が英語で読めない——レビュー対象95編のうち22編が韓国の研究だったが、うち19編は韓国語で書かれており、国際的にアクセスできない

そこで本研究は、韓国の体育実践共同体(CoP)の15年間の歩みを検証し、「このCoPは15年でどのように進化してきたか」という問いに答えることを目的としました。

PLCではなくCoPを枠組みとした理由

著者らはまず、専門的学習共同体(PLC)と実践共同体(CoP)の理論的な出自の違いを整理します。PLCは学習組織論に基づき、学校内の教師集団が生徒の学力向上を目指すもの。一方CoPは社会的学習理論に基づき、学習を「意味=体験」「実践=実行」「共同体=帰属」「アイデンティティ=成長」という4つの相互に関連する要素として捉えます(Wenger 1998)。

本研究が対象としたのは複数校をまたぐ教科ベースのコミュニティであり、また能力を定義する権力が社会的過程に本質的に伴うという点を重視したため、CoPが枠組みとして選ばれました。

方法

対象は、2008年に韓国のある道で設立された教師コミュニティ「BTS」(仮名)。「良い体育の肯定」「研究と成果の共有」「共同体感覚の醸成」という3つの目的を掲げ、地域・全国レベルで「年間最優秀教師コミュニティ」として表彰された実績をもちます。

コアメンバー7名(全員男性、教職経験9〜24年)に、タイムライン描画法を用いた半構造化インタビューを実施しました。参加者はまず、コミュニティの盛衰を横軸に時間・縦軸に成功の実感としてグラフに描き、各段階に3〜5語を添えます。そのうえで、なぜそう描いたのかを語ってもらう方法です。面接は1人58〜108分。加えて年次報告書、公式メール、月例会の観察記録が補完データとして用いられました。

結果:4つの段階

始まり——静かなスタート(2008〜2013)

18名の体育教師の自発的な取り組みとして設立されました。当時は、質の高い体育授業より学校運動部の指導が優先されるという考えが広く浸透していた時期です。教育政策も、指導を授業より優先させる方向で教員の昇進に特典を与えていました。テは「体育教員の評価は、授業内容とは関係なく、むしろエリートスポーツ大会でのメダル獲得に重きが置かれていた」と語ります。

ジンによれば、BTSへの参加はキャリアに悪影響を及ぼすと助言する教師さえいました。「参加しないよう勧める人が多かった。コミュニティに参加すると昇進のチャンスが妨げられるという噂さえあった」。

この環境下でコミュニティを牽引したのが、情熱的な管理職であり元教師でもある創設者でした。彼女は効果的な体育指導で知られる教師たちとつながるプログラムや討論会を企画。2008年だけで4回の公式会議、2回の2日間セミナー、5回の授業参観が実施されています。ただしジンは当時をこう振り返ります。「あれはほんの始まりに過ぎなかった。他者からの関心や支援は全くなかった。まるで自分たちだけのパーティーのようなものだった」。

隆盛——共有を通じた成長(2013〜2017)

転機は「ガラショー」でした。フィギュアスケートのガラショーに倣い、10分間の短いプレゼンテーションを1日通して連続で行う形式です。各発表は様々な状況下での体育授業のアイデアを提供し、発表後の教師間の議論を促すことを目的としていました。

週末開催で何のインセンティブもないにもかかわらず、200〜300人の体育教師が集まりました。ドンは「教会のリバイバル集会のような雰囲気だった」と表現しています。この成功により、メンバーは指導マニュアルの執筆、他プログラムでの講演、新人教師向け研修の講師といった機会を得ていきました。

衰退——共有された信念の不一致(2017)

人気が高まるにつれ、新たな問題が生じます。一部の発表が特定の用具に関連し、メーカーやサプライヤーがブースを出展するようになりました。メンバーの中には、自著を執筆してその人気を利用し宣伝する者も現れます。ミンは「コミュニティのメンバーが書いた本が講堂の前に陳列されていた。一部の教師は、何かがおかしいと感じ始めた」と語ります。

2017年、一人のメンバーが正式に問題を提起し、議論が巻き起こりました。焦点はコミュニティが商業的要素を取り入れるべきかどうか。一部のメンバーは、コミュニティの成功は他の教師たちが当初の純粋な目的に共感できたことに起因すると主張しました。議論は激しさを増し、一部のメンバーが離脱するに至ります。

そして創設者は、公式ウェブサイトの閉鎖を決断し、登録者約1万人にメールを送信しました。「……しかし残念ながら、このサイトは閉鎖せざるを得ない状況に直面している。……この状況を、当コミュニティの成長に伴う痛みとしてご理解いただきたい」。

復活——再編とエンパワメント(2018〜)

残ったメンバーは集まり、今後どう進むべきかを話し合いました。テは語ります。「意見を募る過程で、一つずつ合意が形成され始めた。その結果、コミュニティのアイデンティティは体育そのものを中心とするものとなった。結局のところ、すべては体育の指導に帰着した」。

取り組みは2つでした。第一に、志を同じくする新メンバーの募集(2018年時点で43名)。第二に、関心テーマごとのサブグループの結成です。ジュンはその理由をこう述べます。「当時は、帰属意識と役割がより求められていた。各メンバーがより積極的に関わるためには役割が必要だと考えていた」。

さらに2019年には「キュレーション」と呼ばれる新形式が開発されました。長期にわたり事例を紹介し、その根底にある教育哲学を浮き彫りにするもので、少人数の専用ディスカッション時間も含まれます。この時期、BTSは分散型の意思決定構造の下で運営されていました。

考察:3つの論点

1. 変化する権力関係が、多様な学習を促す

初期段階では創設者の強力なリーダーシップが決定的でした。ただし著者らは、これが「作為的な同僚関係」(Hargreaves & O’Connor 2018)とは異なると強調します。トップダウンで参加を強要するのではなく、創設者は自らの権限を用いてトレンドを先取りするトピックを提案し、教師を説得して参加を促したからです。社会的学習理論の観点から言えば、これはメンバーが「体験」と「実践」を通じて学ぶことを促した状態でした。

しかし、いかなる形態の権力も永久には続きません。隆盛期と衰退期を経て、権力関係は劇的に変化し、メンバーは「帰属」と「成長」を通じて学ぶようになりました。ここから著者らは、支援的かつ共有されたリーダーシップこそが成功する教師コミュニティの唯一の決定要因だという通説に異議を唱えます。むしろ、コミュニティが置かれている文脈や発達段階を検証することが、適切な支援のために不可欠だというのです。

2. 対立は、共有ビジョンを見直す自然な手段となり得る

共有ビジョンは成功するコミュニティの前提条件とされてきましたが、「何をどのように共有すべきか」は具体的に研究されてきませんでした。本事例は、一貫した目標があったにもかかわらず、その解釈と理解がメンバー間でばらつき、対立を招いたことを示しています。

ここから著者らは、対立こそが共有ビジョンを再考する有効な機会となり得ると論じます。この循環的なプロセスにおいて、対立は生じている問題について議論を促すシグナルでした。したがって対立は、自然かつ前向きな出来事となり得るのです。

また本事例は、共有ビジョンが文脈依存的な価値であることも示しています。CoPは全メンバーが同じビジョンを持っていると仮定すべきではなく、共通理解を維持するために議論し続けるべきだ、というのが著者らの主張です。

3. 教師はコミュニティへの関与を通じて承認を得る

専門的な承認は、教師の自律性・能力・動機づけを高め、職務満足度とも相関することが知られています。参加者たちは、ガラショーの予想以上の観客数を、自分たちの仕事と献身が模範として尊重されていることの明確な表れと捉えていました。著者らは、この承認がメンバーにとって共同実践への有意義な報酬となったと論じます。

結論

著者らは、CoPを社会的有機体として認識する必要性を強調します。CoPは社会的文脈に深く根ざしており、権力動態やメンバー間の相互作用を通じて絶えず変化し、適応している。だからこそリーダーを含むメンバーは、共有ビジョンが全員に響いているか、各メンバーのエンパワメントと承認のプロセスが確立されているか、権力力学の構造がどうなっているかを、批判的に検討し続けなければならないというのです。

そして、CoPの内部で対立が生じ得ること、そしてそれを必ずしも否定的なもの・避けるべきものと捉えるべきではないという点が、本研究の最も重要なメッセージとして提示されています。

なお限界として、参加者が全員男性であったことが挙げられています。韓国の体育教師の性別比が男性約75%であることに加え、女性体育教師が経験している周縁化された環境が、中核メンバーとしての関与を制約していた可能性が指摘されています。


専門家コメント

まず素朴に驚いたのは、2008年の時点でもなお、授業より運動部の指導に重きが置かれていたという記述である。しかも昇進に不利になるという噂まであって、良い体育授業を追求する集まりに参加することが職業上のリスクになっていた。日本でも似た構図は思い当たるが、それが政策として明示的に運動部指導を優遇していたという点は重い。この環境で18人が自発的に集まったという事実だけで、彼らがいわゆる先行的な人たちであったことが分かる。この初期メンバーたちは、特性として強い行為主体性をもっていた人々なのではないかという好奇心が湧く。

始まりが一人のリーダーシップからだった、という点も意外であった。著者らはそれを「作為的な同僚関係」と区別しているが、区別の基準は説得か強要かという一点にある。ここは実務的には紙一重で、外から見て判別できるとは限らない。ただ本事例が説得の側だったことは、その後15年続いたという結果が証明していると読める。アジア人的特性による差異なのだろうか。そう考えると文化的な特性によって、過程における望ましさは異なるのかもしれない。

ガラショーについては、正直なところ最初に読んだときどういう趣旨の場なのかが掴めなかった。10分の短い発表を一日中続けるという形式は、日本の研究発表会とも実技研修とも違う。読み進めてわかったのは、これが「良い授業を見せ合う」場であると同時に、その場に集まること自体が承認を生む装置になっていたということである。週末に無報酬で200〜300人が集まったという事実が、参加者に「自分たちのやっていることは尊重されている」という感覚をもたらした。広い共感が、そのまま報酬になっていたわけである。

そしてその成功が、そのまま衰退の種になった。用具メーカーがブースを出し、メンバーの著書が講堂の前に並ぶ。コミュニティの成果が商用として用いられ始めたとき、「何かがおかしい」と感じる人が出てくる。ここで興味深いのは、目標そのものは一貫していたのに、その解釈がばらついたという点である。「良い体育を広める」という同じ言葉が、ある人には実践の共有を、別の人には影響力の拡大を意味していた。共有ビジョンは一度掲げれば済むものではなく、文脈依存的な価値として繰り返し議論し直さなければならない——この指摘は、校内研究のテーマ設定にもそのまま当てはまる。

対立を否定的なものとしてではなく、共有ビジョンを問い直すシグナルとして捉える。こういう見方は面白いと思った。Parker et al.(2022)が「LC研究では対立が効果的な特徴として挙げられることが決してない」と指摘していたことへの、実証的な応答にもなっている。私自身、葛藤や問題状況こそが学びの起点になりうると考えてきたので、この事例はその見立てを強く支持してくれる。循環性の例として、今後も参照することになりそうである。

復活期の記述で最も示唆的だったのは、コミュニティが解体を経験して、再構築されたという点である。ウェブサイトを閉じ、人が離れ、そのうえで残った者が「結局すべては体育の指導に帰着した」と語り直す。サブグループを作り、各人に役割を与え、分散型の意思決定に移る。この一連は、単なる立て直しではなく、権力の所在を意図的に組み替える作業だった。リーダーシップは変化し、それに伴って権力関係も変わる。だとすれば支援のあり方も、各コミュニティの発達段階に応じて選ばれなければならない。強いリーダーが必要な時期と、それが足枷になる時期があるということだ。

実践的に取り入れたいと感じたのは「キュレーション」という形式である。短い発表を数多く並べるガラショーに対し、長期にわたって一つの事例を紹介し、その根底にある教育哲学まで掘り下げる。しかも少人数の議論時間を組み込む。日本の研究会も、一日で多数の発表を聞く形式が中心だが、この長期・少人数型の併設は検討に値する。

最後に、本研究の結論——CoPを社会的有機体として捉えるべきであり、それは思い通りにはならない——は、他の事例とも、そして自分自身の知見とも共通する。協同学習モデルの適用過程を追ったときも、計画どおりに進んだ局面はほとんどなかった。コミュニティも実践も、設計した通りには動かない。動かないことを前提に、その揺らぎをどう記述し、どう支えるかを考えるほうが生産的なのだと思う。


元論文情報

  • タイトル: Beginning, rise, fall, and comeback: Exploring the journey of a physical education teacher community in South Korea
  • 著者: Yongjin Lee, Wonhee Lee, Hyungsik Min, Youngjoon Kim
  • 掲載誌: European Physical Education Review, 30(4), 688–703
  • 発行年: 2024
  • DOI: 10.1177/1356336X241243205
  • URL: https://doi.org/10.1177/1

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