【越境学習】「教える人」が「学ぶ人」に戻るとき|Learning through boundary-crossing: further education lecturers learning in both the university and workplace

2005年〜2009年

本記事では、英国ストラスクライド大学のIan Finlayによる研究論文「Learning through boundary-crossing: further education lecturers learning in both the university and workplace」(European Journal of Teacher Education誌、2008年)を紹介します。継続教育カレッジで講師として働きながら、大学の現職教員養成コースを受講していた26名の語りを、エンゲストロームの活動理論で分析した研究です。

研究の背景・目的

教員の専門的学習において、大学はどのような役割を果たしているのか。初期研修と継続的な専門能力開発の双方で大学の比重が高まるなか、この問いに答えることの重要性が増しています。

本研究が採用したのは、エンゲストロームの第3世代活動理論です。第3世代の活動理論は、単一の活動システムを超えて、相互作用する少なくとも2つの活動システムを分析単位とします。本研究の対象者は、講師として働く「職場活動システム」と、学生として学ぶ「大学活動システム」の2つに同時に関与していました。

エンゲストロームは、ベイトソンの「ダブルバインド」から抜け出す道筋が、活動システム間の境界を越えることで見出されうると示唆しています。ある活動システムから別のシステムへ移行することで、問題を解決するための資源が得られる——本研究はこの仮説を、実際の語りから検証しようとするものです。

方法

データは、スコットランドの大学における継続教育教員養成コースの最終モジュールで学生が作成した26件の課題です。この課題は内省的かつ将来志向的に設計されており、コース全体を通じて学生が書き続けた省察日記が資料として活用されていました。

受講生は全員が教職経験1〜8年の現役講師で、男性14名・女性12名。2000年から2002年にコースを修了した80名に依頼し、自発的に提供された26件が分析されました。テキストは活動システムの三角形の各要素——主体、創発的対象、道具と概念、共同体、分業、規則と手順——に対応する意味単位で分析されています。

なお著者自身、この資料が本来「指導教員のために書かれた課題」であるため、大学での学習の効用が過大評価されている可能性を認めています。

結果・考察のポイント

「私は誰か」——揺れ動くアイデンティティ

参加者たちは、担当科目、所属カレッジ、職務内容、雇用形態、保有資格、そして雇用の安定性といった要素を通じて自己を語りました。特に印象的なのは、多くが別のキャリアを経て講師になっているという点です。

設計技師から転身したR10は、当初「産業現場と同じペースで進めがち」で失敗したと振り返ります。また、自分が興味を持つことが必ずしもシラバスの内容と一致するとは限らず、その科目への熱意を、学生が知るべきことに対する規律あるアプローチによって抑制しなければならないことに気づいた、とも述べています。

「自分の人生の立場は秘書だ」と長く考えていたR18が、学び直しを経て講師となり、さらに学びを続けたいと考えるようになった語りも収められています。一方でR14は、自分が「社会福祉学の講師」というより「講義を行うソーシャルワーカー」であり続けたこと、そして自分のカレッジの枠を超えて物事を捉えられなかったことが、学生へのサービスを損なっていたと率直に認めています。

興味深いことに、不安・自尊心の欠如・自己不信といった否定的な感情への言及は、回答全体の4分の1強を占めていました。

成果としての6つのカテゴリー

コースの成果として語られたのは、次の6つでした。

  • 個人的な変容やアイデンティティの変化を支援すること
  • 職場で活用できるアイデアや戦略の提供
  • 自信と自尊心を高めること
  • 自身の実践が確認・正当化されること
  • 自身の仕事や職場の人間関係に対する理解を深めること
  • 正式な専門的評価を得ること

自信の向上に言及したのは9名。R4は「自信を与え、新たな熱意を植え付けてくれた」と述べ、R7はチューターからのコメントが「自己不信や自尊心の低さといった感情を払拭してくれた」と語っています。著者は、自信や自尊心の向上がアイデンティティの変容を裏付けると同時に、新しいアプローチを試みる自信をもたらすことがあると指摘しています。

省察ログという道具——同じツールでも意味が違う

コースで課された省察ログの受け止め方は、人によって大きく異なりました。R2は当初「チューターが役立つと考えたもの」程度に捉えていましたが、転職後、通勤中に熱心にメモを書く自分に気づき、最終的にはストレスを緩和し困難な状況を予測するための「不可欠な要素」になったと述べています。

一方でR6は率直に、望んでいたほど徹底できず、日誌は「実務においてはあまり役に立たなかったが、課題を完了させる助けにはなった」と記しています。著者はこれを、リソースを資格取得のために手段主義的に利用した例として位置づけています。

役割の転換がもたらすもの

R2は、再び学生になったことについてこう語ります。「『立場が逆になると』という言葉はまさにその通りで、教育者ではなく生徒の立場になることがどのようなものか、改めて実感した」。R15も、教師から学習者への役割の変化が「自分の生徒たちへの共感を深める助けとなった」と述べています。

阻害要因としての規則と手続き

すべてが肯定的だったわけではありません。R1は、デイ・リリース方式でありながら大学出席への手当も学習時間も与えられず、授業準備さえ十分にできなかったと訴えています。職場と大学、双方の規則が組み合わさるときに生じる緊張の一例です。

現場への示唆

大学院に通う現職教員、研修に参加する教師、教育実習を受け入れる側から受ける側へ回る指導教員——「教える人」が一時的に「学ぶ人」の位置に戻る場面は、日本の教育現場にも数多く存在します。本研究は、その移動そのものが学習資源へのアクセスを可能にすることを示しています。

また、職場だけでは解決できない問題があるという指摘も重要です。同僚との対話は貴重ですが、それは既存の活動システム内部での学習にとどまります。理論的枠組みや省察のモデルといった、別のシステムでしか得られない資源にアクセスすることが、拡張的な学習の契機になるのです。

まとめ

本研究の結論はシンプルです。職場の活動システムから大学のシステムへ移行することで、受講生は省察的ジャーナル、理論、教育のアイデアや戦略、教員や仲間からなるコミュニティといった多様なリソースを得られる。そしてそれらは、アイデンティティの変化、新たな指導戦略の習得、自身の実践や職場環境の理解、自尊心の育成といった多様な目的で活用される。これこそが、大学が教員養成に提供できる真の付加価値だ——というものです。


専門家コメント

本論文の最も重要な知見は、結論部分に集約されている。職場という活動システムから大学という活動システムへ移動すること自体が、そこでしか得られないリソースへのアクセスを生み、拡張的な学習を可能にするという主張である。エンゲストロームが想定していた「境界クリニック」——異なる専門職が一堂に会して問題を解決する場——とは異なり、本研究では学習者自身が移動する。それでもなお拡張的学習の構図が現れるという点に、この研究の独自性がある。

読みながら何度も立ち止まったのは、大学生が教師になるように、その逆も有り得るという点だった。教師が学習者になる。R2が「立場が逆になると」と語り、R15が「自分の生徒たちへの共感を深める助けとなった」と述べているように、役割の転換それ自体が学びの源泉になっている。研修や大学院進学を「知識を得る機会」としてのみ捉えると、この側面を見落としてしまう。学ぶ側に身を置き直す経験こそが、教える側の実践を変えるのかもしれない。

R10の語りにも考えさせられた。自分が興味を持つことと、シラバスに書かれている内容は必ずしも一致しない。伝えたいこと、やりたいことと、教えるべきことは違う——この葛藤は、体育の授業においても日常的に起きていることだ。自分の専門性や熱意をどこまで前面に出し、どこで抑制するのか。その判断の蓄積が、教師としての実践を形づくっていく。

自信や自尊心に関する記述も印象的だった。否定的な感情への言及が回答の4分の1強を占めていたという事実は、経験1〜8年の現役講師であっても、自信のなさや葛藤を抱えているということを示している。そして本論文が示すのは、そうした葛藤やギャップこそが学びの契機になるということだ。同時に、R4の「自信を与え、新たな熱意を植え付けてくれた」、R7の「自己不信や自尊心の低さといった感情を払拭してくれた」という語りからは、はげましの効果——新しいことにチャレンジする自信を支えるものとしての外部からの承認——の大きさが読み取れる。

もう一点、省察ログの扱いをめぐる記述は示唆に富む。同じツールを渡されても、R2のように自身の変容の手段にまで高める人もいれば、R6のように課題を完了させるためだけに使う人もいる。人によって同じツールに対する意味づけはまったく違う。研修や課題を設計する側は、ツールを与えれば効果が生まれると考えがちだが、実際にはそれをどう意味づけるかが学習の質を左右している。

最後に、コミュニティというリソースについて。他者は、意見交換の相手にも、肯定的・否定的なロールモデルにもなるが、同時に支援しなかったり傷つける形で批判したりすることで、実践の向上を阻害することもある。良くも悪くもなる、というのが正直なところだろう。だからこそ、職場という単一のコミュニティに閉じずに、別の活動システムへアクセスする回路を持っておくことが、教師の専門性発達にとって重要なのだと思う。


元論文情報

  • タイトル: Learning through boundary-crossing: further education lecturers learning in both the university and workplace
  • 著者: Ian Finlay
  • 掲載誌: European Journal of Teacher Education, 31(1), 73–87
  • 発行年: 2008
  • DOI: 10.1080/02619760701845024
  • URL: https://doi.org/10.1080/02619760701845024

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