支援の先に残るのは、当事者の主体性だった|Learning as boundary-crossing in school–university partnership

2005年〜2009年

実習生、メンター教師、大学教員。三者は同じ教育実習に関わりながら、当初の目的はずれていました。そこに授業研究(レッスンスタディ)という手法を持ち込んだとき、そのずれはどう動き、誰にどんな学びが生じたのか。香港の学校・大学連携を活動理論で分析したこの論文は、転機が実習生の主体性の獲得にあったことを示しています。

著者は香港大学のAmy B.M. TsuiとDoris Y.K. Lawで、Teaching and Teacher Education誌に2007年に掲載されました。

この記事の要点

  • 実習生・メンター・大学教員の三者が授業研究を介して関わる場を活動理論で分析し、目的のずれと関係性の変容のなかで三者それぞれに学びが生じる過程を描いた。
  • 教育実習の本質的な目的は実習生の学習だが、授業そのものの目的は子どもの成長である。実習生が子どものために自分の授業を改善しようとする主体を獲得したところから、物事がよりよく動いていったと私は読んでいる。
  • どんな支援も、結局のところ当事者の主体の獲得が最も重要である。越境学習を生態学的な視点で捉えるうえで、とても有用な論文だと考えている。

詳しい検討は 専門家コメント に書いています。

研究の背景・目的

大学の教員(UT)と実習校のメンター教員(MT)は、それぞれ別の目的意識(活動システム)を持って学生教師(ST)を指導しています。メンター教員は「生徒の学習を保証すること」を主な目的とし、大学教員は「理論と実践を結びつけること」を主な目的とする傾向があり、この違いが学生教師にとって板挟みの状況(矛盾)を生み出します。

本研究は、この矛盾を解消する手段として「レッスンスタディ」(日本の「授業研究」に由来する、教員集団で授業を計画・観察・改善していく手法)を導入した学校・大学連携の事例を分析し、そこでどのような学びが生まれたか、また新たにどのような矛盾が生じたかを明らかにすることを目的としています。

方法

香港の中国語科の学生教師2名(Chung、Si)、メンター教員2名、大学教員2名からなるチームが、4週間にわたり2サイクルのレッスンスタディを実施しました。各サイクルで学生教師が同じ授業を教え、その後の検討会(カンファレンス)を録音・書き起こし、発言内容を「個人の指導力評価(肯定的/否定的)」「授業内容に関する議論」「自己評価」「自己説明」などのカテゴリーに分類して分析しています。

結果・考察のポイント

第1サイクルでは、学生教師の指導力に対する評価的な発言(特に否定的な評価)が検討会の約4割を占め、学生教師は強いストレスと無力感を感じていました。授業案を大学教員・メンター教員が主導して共同作成していたため、学生自身がその内容を十分に消化・納得する時間がなく、「自分のものになっていない授業」を一方的に評価される構図に陥っていたためです。

これを受けてチームは進め方を修正し、第2サイクルでは学生教師に授業案作成の裁量を大幅に委ねました。その結果、検討会は「個人評価」よりも「授業そのものについての議論」が中心となり、学生教師自身による自己評価の割合も増加、指導教員側の評価も肯定的なものが増えました。

つまり、レッスンスタディという協働の枠組みを導入しただけでは十分ではなく、学生教師に一定の自律性と裁量を与えることで、はじめて「評価される側」から「共に学ぶ当事者」へと関係性が変化したことが示されています。

現場への示唆

この知見は、体育科教育に限らず、教育実習全般における実習生指導のあり方に示唆を与えます。実習指導教員や大学教員が善意で手厚く介入し、綿密な指導案を用意すればするほど、実習生が「自分の授業」として引き受けられなくなり、かえって学びが阻害される可能性があるという点は、指導する側が意識しておくべき重要な視点です。段階的に裁量を委ねていくプロセス設計が、実習生の専門性発達にとって鍵になると考えられます。

まとめ

本研究は、学校と大学という異なる「コミュニティ」が協働する際に生じる緊張関係と、その緊張を乗り越える中でどのような学びが生まれるかを、丁寧な会話分析を通じて描き出しています。協働のための道具(レッスンスタディ)を導入すること自体がゴールではなく、それをどう運用し、当事者の自律性をどう確保するかが重要であるという指摘は、教員養成・実習指導に携わるすべての人にとって参考になる内容です。

専門家コメント

越境学習の理解についてとても有用な論文。3者(実習生、メンター、大学教員)の当初目的のズレから始まり、その目的とそれぞれの関係性が変容する中で3者それぞれに学びが生じるという生態学的な視点から学習という営みを捉えることができる。大きな契機は、実習生の主体性の獲得にあったという点も興味深い。教育実習の本質的な目的は、実習生の学習であるが、授業自体の営みの目的は子どもの成長である。この論文では、実習生が子どものために自身の授業を改善しようとする主体の獲得から物事がよりよく動いていったことが読み取れる。どんな支援も、結局のところ、当事者の主体の獲得が最も重要であるということについて再確認することができた。


元論文情報

  • タイトル: Learning as boundary-crossing in school–university partnership
  • 著者: Amy B.M. Tsui, Doris Y.K. Law
  • 掲載誌: Teaching and Teacher Education, 23 (2007), 1289–1301
  • 発行年: 2007
  • DOI: 10.1016/j.tate.2006.06.003
  • URL: https://doi.org/10.1016/j.tate.2006.06.003

カテゴリ: 2005年〜2009年

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