境界は壁ではなく、学びの資源である|Boundary crossing and boundary objects

2010年〜2014年

本記事では、オランダ・ユトレヒト大学のSanne F. AkkermanとArthur Bakkerによる「Boundary crossing and boundary objects」(Review of Educational Research誌、2011年)を紹介します。「越境(boundary crossing)」と「境界オブジェクト」に関する181件の研究を体系的にレビューし、境界で生じる4つの学習メカニズムを整理した、この分野の基礎文献です。

研究の背景・目的

従来の教育研究の多くは、ある領域の内部での学習——初心者から熟達者へ、周辺的参加から中心的参加へ——を対象としてきました。しかし専門分化とグローバル化が進むなかで、人は学校・職場・家庭を行き来し、異なる職業や文化の人と関わりながら働き、学んでいます。

「境界は学習の資源になる」という主張は多くの文献で繰り返されてきました。しかし著者らは、どのような学習が、どのように生じるのかはほとんど説明されてこなかったと指摘します。本研究はその空白を埋めるべく、文献の網羅的なレビューを通じて、境界を対話的(dialogical)な現象として捉える枠組みを提示しようとするものです。

方法

ERICおよびPsycINFOで3回(2008年5月、2009年11月、2010年11月)の文献検索を実施し、”boundary object(s)” と “boundary crossing” を含む704件を抽出しました。

そこから、(a) 境界オブジェクトまたは越境が中心的な分析概念として用いられていること、(b) 最も広い意味での「学習」に焦点を当てていること、という2基準で187件を選定。全文が入手できなかった5件を除き、最終的に181件がレビュー対象となりました。

結果・考察のポイント

境界の定義と、その両義性

著者らは境界を「行動や相互作用に不連続性をもたらす社会文化的差異」と定義します。ここで重要なのは、文化的差異が常に不連続性を生むわけではなく、状況やタイミングによって「もたらす可能性がある」ものだという点です。境界は固定物ではなく、柔軟で動的な構築物として捉えられています。

そして境界の本質は、その曖昧さにあると論じられます。境界に立つ人や物は、交差する複数の世界の意味を同時に体現している(both–and)と同時に、そのどちらにも完全には属していない(neither–nor)という不確定さを持ちます。著者らはこれを「サンドイッチ効果」と呼び、この二重性こそが対話の必要性を生み、そこから新しい何かが生まれる余地をつくると述べています。

4つの学習メカニズム

レビューの結果、境界で生じうる学習は次の4つに整理されました。

① 同一化(identification)

実践どうしの境界が揺らぎ、それぞれが何であるかが問い直されるプロセスです。2つの下位プロセスがあります。

  • 他者化(othering):ある実践を、別の実践に照らして定義し直す
  • 共存の正当化:複数の所属を互いに認め合えるよう調整する

不連続性が克服されるわけではありませんが、異なる実践とそれに関連するアイデンティティに、新たな意味づけが生まれます。

② 調整(coordination)

合意が形成されなくても、異なる実践が効率的に連携できる手段や手順を見出すプロセスです。4つの下位プロセスが挙げられています。

  • コミュニケーション的つながりの確立
  • 翻訳の努力
  • 境界の透過性を高めること
  • ルーチン化

境界を再構築するのではなく、境界を「乗り越えて」連続性を確立する方向の学習です。ここで挙げられている例が示唆的で、繰り返し横断することや、儀式や慣習——着替える、声の調子を変えるといった行為——を通じて、境界の透過性は高まっていくとされます。

③ 省察(reflection)

もう一方の実践の視点を得ることで、自分の実践を別の角度から見ることを学ぶプロセスです。

  • 視点の形成(perspective making):自分の理解や前提を明示化する
  • 視点の取り入れ(perspective taking):他者の視点を通して自分を見る

同一化が現在のアイデンティティの再構築であるのに対し、省察は視点の幅を広げ、将来の実践を形づくる新たなアイデンティティの構築につながる点で異なる、と整理されています。

④ 変容(transformation)

実践そのものに深い変化が生じ、時には「境界実践」と呼ばれる新たな中間的実践が生まれるプロセスです。特徴的なのは、すべての事例が「対峙(confrontation)」から始まっているという点です。

業務の流れの破綻、第三の視点の出現などによって、現在の実践では対応しきれない問題に直面する。そこから共有された問題空間が認識され、ハイブリッド化へと進んでいきます。対峙が起きていなければ、変容は期待できないと著者らは述べています。

境界オブジェクトについての注意

境界オブジェクトの例として、学校の成績(Roth & McGinn, 1998)が挙げられています。学校では「良い通知表・卒業・卒業証書」に関わるものが、大学の入学事務局では「合格や将来の成功の可能性」を語るものになる。同じ成績が、場所によって別の意味を持つわけです。

ただし境界オブジェクトは、コミュニケーションや協働を完全に置き換えることはできません。Wenger(1998)の警告が引かれています——「それらが実際には視点の結節点であり、多くの場合、こうした視点の交わりにおいてこそ、人工物がその意味を獲得するという事実を見落としがちである」。

現場への示唆

この4分類は、学校と大学、教科と教科、学校と地域といったあらゆる連携場面を評価する枠組みとして使えます。「連携がうまくいっていない」と感じたとき、どの段階でつまずいているのかを切り分けられるからです。

また、変容には対峙が不可欠だという指摘は重要です。摩擦を避けて表面的な協力にとどまれば、調整の段階で止まります。逆に、うまくいかない事態が起きたときこそ、実践が変わる契機になりうるということです。

まとめ

境界を障壁ではなく学習の資源として捉える議論は以前からありましたが、本研究はそれを181件の実証研究に基づいて4つのメカニズムへと整理しました。越境研究を読むうえでの共通言語を提供した論文であり、以後の研究で繰り返し参照されています。


専門家コメント

本論文で最も重要だと感じたのは、境界の定義そのものである。「行動や相互作用に不連続性をもたらす社会文化的差異」。そしてもう一段踏み込んで、文化的差異とは「様々な状況やタイミングで、行動や相互作用における不連続性をもたらす可能性のあるもの」だと述べられている点が肝心だと思う。差異がそこにあるだけでは境界にならない。ある状況、あるタイミングで、それが不連続として現れる。この条件つきの捉え方は、連携がうまくいく時といかない時の違いを説明する鍵になる。

読みながら繰り返し考えたのは、連携が分断に転じる瞬間についてである。互いを結びつけようとしているのに、完成図が分からないまま手探りで進むと、かえって分断が生まれる。しかし本論文が示すのは、その問題こそが資源になり得るということだ。変容には対峙が不可欠であり、対峙が起きていなければ変容は期待できないという指摘は、単に前向きな話ではなく、方法論的な条件として読むべきだと思う。

調整のメカニズムのなかで、儀式や慣習を通じて境界の透過性が高まるという記述は示唆的だった。要するに、慣例化するということ、文化にしていくということである。学校と外部機関の連携を毎年の恒例行事にしていく作業は、しばしば形骸化として否定的に語られる。しかしこの枠組みからすれば、それは境界を透過的にしていくプロセスそのものであり、必ずしも悪いことではない。もちろん、それが調整の段階にとどまり続けるのか、省察や変容へ進むのかは別の問題だが。

境界オブジェクトの議論を読みながら考えたのは、学習指導要領はこの概念で捉えられるのだろうか、ということである。文部科学省、教育委員会、学校、教師、そして研究者——それぞれが異なる意味で読み、それぞれの現場で異なる強度に構造化される。学校の成績が場所によって別の意味を持つという例が挙げられていたが、成績の正体をこう捉え直す視点は、評価をめぐる議論にもそのまま接続できそうだ。

もう一つ、「多声性」という概念に強く惹かれた。境界に立つ人や物が、複数の世界の意味を同時に抱えているという捉え方である。自分の研究に引きつけて言えば、表現運動の授業がまさにそうだと思う。リズムと拍をどう扱うかという問題意識は、体育の文脈と音楽・舞踊の文脈のあいだにあり、どちらの声も響いている。

そして、即興と創作が混在している状態こそが大事なのだと思う。整理されて分離されるのではなく、混ざったまま立ち上がってくる。それがたのしい。子どもたちを他の世界へ連れていきたいという願いは、教師なら誰しも持っているはずで、境界という概念はその願いを言語化する道具になってくれる。実践をよいものにしていくために、この枠組みは使える。


元論文情報

  • タイトル: Boundary crossing and boundary objects
  • 著者: Sanne F. Akkerman, Arthur Bakker
  • 掲載誌: Review of Educational Research, 81(2), 132–169
  • 発行年: 2011
  • DOI: 10.3102/0034654311404435
  • URL: https://doi.org/10.3102/0034654311404435

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