「学校の知識」と「職場の知識」は本当に別物か?|Boundary-crossing approach to support students’ integration of statistical and work-related knowledge

2010年〜2014年

本記事では、オランダ・ユトレヒト大学のArthur BakkerとSanne F. Akkermanによる研究論文「Boundary-crossing approach to support students’ integration of statistical and work-related knowledge」(Educational Studies in Mathematics誌、2014年)を紹介します。職業教育の学生が、学校で学んだ統計学と実習先で身につけた実務知識をどう統合していくのかを、「越境(boundary crossing)」の枠組みで検証した介入研究です。

研究の背景・目的

学校で教えられる数学・統計学と、職場で実際に使われるそれとのあいだにズレがあることは、長年指摘されてきました。従来この課題は「転移(transfer)」の問題として捉えられてきましたが、転移という概念は一方向的で、課題を遂行する個人に焦点が偏りがちです。

これに対し社会文化的なアプローチでは、より広い比喩として「越境」が提案されてきました。越境は双方向的かつ動的で、個人と集団の両側面を含みます。ただし、越境の枠組みに基づく介入研究は、特に職業教育の領域ではほとんど存在していませんでした。本研究はその空白を埋めることを目的としています。

方法

対象は、オランダの中等職業教育(MBO)臨床化学コース最終学年の学生3名(19歳)です。彼らは2週間に1日学校に戻る「デイ・リリース・プログラム」で実習と学校を往復していました。

1時間×5回のミーティングからなる介入プログラムが設計され、その中核は次の3原則でした。

  • 省察を促す:学生に質問を作らせ、職場でそれを investigate し、答えを学校に持ち帰って報告させる
  • 職場の指導者を巻き込む:第3回に病院検査室の指導者2名を学校に招き、学生の質問に答えてもらう
  • 境界オブジェクトを活用する:前年度の学生が書いた実習レポートを教材として使う

知識統合の度合いを測る既存の尺度が存在しなかったため、著者らは4段階のレベルを独自に定義しました(レベル1=説明を伴わない記述、レベル2=一方の知識のみによる推論、レベル3=両方の事実を組み合わせた記述、レベル4=両方の知識を用いた推論)。全201断片をコーディングし、クラスカル・ウォリス検定とヨンケール・テルプストラ検定で分析しています。

結果・考察のポイント

統合レベルは有意に上昇した

各回の平均順位は、第1回の77から、82、95、114を経て、最終回では134まで上昇しました。クラスカル・ウォリス検定でこの差は偶然によるものではなく(H(4)=32.87, p<0.001)、ヨンケール・テルプストラ検定でも正の傾向が確認されています(z=5.50, p<0.001)。効果量は r=0.39 で、中程度と評価されました。

何が起きていたのか

初回、学生たちの統計知識は断片的でした。「相関係数?」と問われて「あの線のことだと思う」「傾きのことよね?」「うん、変動係数だ」と混乱するやりとりが記録されています。彼らの推論はもっぱら実務的で、「ばらつきがあれば測り直せばいい」「費用がかかりすぎるなら外注すればいい」といったレベルにとどまっていました。

ところが最終回では、機器Bの測定値が機器Aより系統的に低い(傾き0.751=約マイナス25%のバイアス)というジレンマをめぐって、補正係数を組み込むべきか、それとも基準値の変更を医療専門家に伝えるべきかを議論するまでになります。統計的な視点と、患者や医師への影響という実務的な視点が、ひとつの推論の中で結び合わされていました。

予期していなかった越境

興味深いのは、意図していなかった副産物です。第3回に招かれた職場の指導者たちが、教員とカリキュラムについて話し合いはじめ、使用教材について質問し、学校と職場を連携させる地域会議の開催を希望するに至りました。学生の越境を支援するはずの場が、指導者と教員のあいだにも新たな越境を生み出したのです。

「学校の知識 vs 職場の知識」という二分法への批判

著者らはさらに、この分野でよく使われる二分法——「体系化された知識/エピソード的知識」「明示的/暗黙的」「脱文脈的/文脈的」——が単純化されすぎていると指摘します。

本事例では、手法比較に関する職場の知識の多くは、学校で教えられる統計学と同様に体系化され、明示的で、文脈から切り離されていました。違いは知識の性質ではなく、視点にあったのです。学校の統計学が変動係数・相関係数・回帰といった測定値の計算と解釈に焦点を当てるのに対し、職場では安定性・再現性・直線性が重視される。同じ対象を、異なる角度から見ているにすぎません。

著者らはここで、Brandomの推論主義における「理由の網(web of reasons)」という概念を持ち出します。実務的・統計的・数学的といった多様な理由のネットワークを用いて推論できるようになることこそが、学習者にとって重要だという主張です。

現場への示唆

本研究の設計は、体育科教育を含む教員養成にもほぼそのまま応用できます。学生に質問を作らせて実習先で investigate させ、その答えを学校に持ち帰らせる。実習指導教員を大学に招く。前年度の実習記録を教材として使う。いずれも大がかりな仕組みを必要としない、実行可能な工夫です。

また「理論と実践のギャップ」という言い方そのものを見直す契機にもなります。両者が本質的に異なる知識なのか、それとも同じ対象への異なる視点なのか。後者だとすれば、必要なのは「橋渡し」よりも「視点の往復」を経験させることかもしれません。

まとめ

本研究は、3名という小規模な事例ながら、越境の理論を実際の介入として設計し、その効果を定量的に示した数少ない研究です。対照群がない点、筆頭著者自身が指導した点などの限界は著者らも認めていますが、職業教育に限らず、学校と実践現場をつなぐあらゆる教育場面にとって示唆に富む内容です。


専門家コメント

この論文で提示されている「境界を越えるアプローチ」の3原則——省察を促す、職場の指導者を巻き込む、境界オブジェクトを活用する——は、読んでいて自分の実践でも見られる要素だと感じた。特別な装置や大規模な体制を必要とするものではなく、実習と学校を往復する学生に対して、意識的に問いを持たせ、それを持ち帰らせるという設計そのものが介入になっている。この手軽さと再現可能性が、本論文の実践的な価値だと思う。

とりわけ非常に興味深いと感じたのは、第3回会議に職場の指導者を招いた結果として、指導者と教員のあいだに計画外の越境交流が生まれたという記述である。学生の越境を支援するために設けた場が、支援する側同士の越境をも引き起こした。この予期せぬ波及は、越境という現象が個人の中だけで完結せず、関係するコミュニティ全体に広がっていく性質を持つことを示している。実習指導や地域連携を設計する際、この副次的な効果まで見込んでおくと、取り組みの意味づけが変わってくるだろう。

もう一点、強く同意したのは終盤の二分法批判である。「体系化された知識/エピソード的知識」「明示的/暗黙的」「脱文脈的/文脈的」——こうした対比は説明としては分かりやすいが、実際にはそれほど明確に分かれていない。本論文の事例が示すように、職場の知識もまた体系化され明示的でありうる。違いは知識の性質ではなく視点にある、という指摘は、理論と実践の関係を語るときの語彙そのものを更新させる。

そして最後に、Brandomの「理由の網」を援用した議論。学習者に必要なのは、単に知識を移し替えることではなく、実践的・統計的・数学的といった多様な理由のネットワークを用いて推論できるようになることだという。ここで自分が重要だと考えたのは、そうした推論を通じて動機(理由)が形成されることである。なぜその方法を選ぶのか、なぜその判断をするのか。理由を持てるようになることが、知識が本当にその人のものになるということなのだろう。体育の授業においても、動きの選択や戦術の判断の背後にどんな理由の網が形成されているかを見取ることが、学習の本質に関わってくるように思う。</p>

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