2005年〜2009年

2005年〜2009年

教師として「生き残ること」と「育つこと」は違う|Collaborative learning in physical education teachers’ early-career professional development

新任体育教員は教科部門で確かに多くを学ぶ。だがそれは「質問して答えをもらう」一方向の学びで、協働学習の四基準を満たしていなかった。Keay (2006) が示す、生き残ることと育つことの違い。
2005年〜2009年

授業の主導権を子どもに渡せるまで|Sport Education for Teachers: Professional Development When Introducing a Novel Curriculum Model

資料を読み、2日間のワークショップも受けた。それでも教師たちは言いました。「言葉で説明するのではなく、見せてほしい」。ロシアの体育教師2名がスポーツ教育モデルを初めて導入する過程に、研究者が学校に入り込んで伴走したこの研究は、教師が新しいモ...
2005年〜2009年

越境する教師の主体性は、5つに分かれた|Between school and working life: Vocational teachers’ agency in boundary-crossing settings

「教師は謙虚でなければならない」。学校と職場の境界に立つとき、外部に対してこちらから何かを言うのは失礼だという感覚は、フィンランドの職業教育教員にもあります。しかしこの論文が示すのは、その姿勢が現状の再生産を促す可能性があるということです。...
2005年〜2009年

「教える人」が「学ぶ人」に戻るとき|Learning through boundary-crossing: further education lecturers learning in both the university and workplace

教える人が、学ぶ人に戻る。継続教育カレッジで講師として働きながら大学の教員養成コースを受講した26名は、「立場が逆になると」自分の生徒への共感が深まったと語りました。職場から大学へ移動すること自体が、そこでしか得られない資源へのアクセスを生...
2005年〜2009年

支援の先に残るのは、当事者の主体性だった|Learning as boundary-crossing in school–university partnership

実習生、メンター教師、大学教員。三者は同じ教育実習に関わりながら、当初の目的はずれていました。そこに授業研究(レッスンスタディ)という手法を持ち込んだとき、そのずれはどう動き、誰にどんな学びが生じたのか。香港の学校・大学連携を活動理論で分析...