「する・みる・支える・知る」は、なぜ「関わり方」と呼ばれているのか|一節 #003 現行の解説を読む

「する・みる・支える・知る」は、なぜ「関わり方」と呼ばれるのか? 一節 #003 現行編

一節 #003 です。#001 で読んだ現行の定義の後半、『する・みる・支える・知る』の多様な関わり方、という部分を読みます。この四つを、解説はどう説明しているのでしょうか。

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今回の一節

現行の解説は、「体育の見方・考え方」の定義を示したすぐ後に、小学校ではどういう意図なのかを一文で補っています。

小学校においては,運動やスポーツは特性に応じた楽しさや喜びがあることと体力の向上につながっていることに着目するとともに,「すること」だけでなく「みること」,「支えること」,「知ること」など,自己の適性等に応じて,運動やスポーツとの多様な関わり方について考えることを意図している。

小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編 p.18【原文】

もう一つ、同じ章の少し先に、この四つがどこから来たのかが分かる一文があります。

運動やスポーツとの多様な関わり方ができるようにする観点から,運動やスポーツについての興味や関心を高め,技能の指導に偏ることなく,「する,みる,支える」に「知る」を加え,資質・能力の三つの柱をバランスよく育むことができる学習過程を工夫し,充実を図ることが大切である。

小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編 p.20【原文】

ひとこと:四つは「関わり方」の名前で書かれている

解説を読むと、「する,みる,支える」は前回の改訂から引き継がれたもので、今回(平成29年告示)はそこに「知る」が加わった、と書いてあります【原文】。そして四つをまとめる語は、一貫して「関わり方」です。「すること」だけでなく、と断ったうえで、みること、支えること、知ることを並べ、「自己の適性等に応じて」「考えることを意図している」と結んでいます【原文】。

(ここからは私の解釈です)私がこの一文で目を留めるのは、二つの箇所です。一つは「技能の指導に偏ることなく」という但し書きが、この四つとセットで書かれていることです。四つは、技能の指導を否定するためではなく、技能に偏らないための言葉として置かれている、と私は読んでいます。もう一つは「自己の適性等に応じて」です。走るのが速い子と遅い子、跳べる子と跳べない子が同じ授業にいるとき、その子なりの関わり方がある、という含みをここに読みます。そして解説が求めているのは、それを「考えること」です。みる係や支える係を割り当てることではなく、自分はこの運動にどう関わるのか、どう関われるのかを、子どもが考える場面をつくること。#001 で読んだ「関わり方」の軸は、ここに具体的な形で現れています。

ゼミ生
ゼミ生

「みる」や「支える」も、授業で評価するんですか。

栗田
栗田

解説が書いているのは「考えることを意図している」までです【原文】。何をどう見取るかは、ここには書かれていません。四つの関わり方を評価の観点にせよ、とも、するな、とも書いていない。そこは現場に委ねられている部分だと私は読んでいます。

読者への問い

明日の授業で、計測係や記録係といった「みる」「支える」役割を意図的に置いてみてはどうでしょうか。また、計測係や記録係に回っているとき、応援しているとき、それはその子にとって「みる」「支える」という運動との関わり方として意識されているでしょうか。それとも、ただ順番を待っている時間になっているでしょうか。どうすれば、子どもの「みる」「支える」経験を豊かで確かなものにできるのか。その方策を考えてみましょう。私も考えています。

次回の一節 #004 では、この「関わり方」という語が、次期に向けたWG取りまとめ(案)でどう扱われているかを読みます。

出典

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