走る、跳ぶ、投げる。その「基礎」を体育の中心に置くことは、まだ正当化できるのか。
研究の背景と目的
基本的動作スキル(Fundamental Movement Skills: FMS)とは、走る、跳ぶ、投げる、蹴るといった、あらゆる運動やスポーツの基礎となる動作のことです。近年、国際的な学会において、体育授業でFMSを重視することに対して批判的な意見が出されるようになりました。こうした批判を受けて、FMSの指導を重視することの重要性や根拠について議論すべきだという声が上がっています。
本論文は、FMS研究に積極的に取り組む研究者たちが、こうした批判に対して応答する形で執筆されたものです。FMSの指導を推進することが、なぜ体育教育において重要な焦点であるべきかを、学術的な根拠に基づいて明らかにすることを目的としています。
研究の方法
著者らは、FMSの推進に対して提起されたいくつかの論点について、査読付き学術論文を用いて回答する形式をとっています。具体的には、以下のような問いに答えています:
- FMSとは何を指すのか
- どのようなスキルが「基本的」と考えられるのか
- これらのスキルの発達は、より広い健康や発達の文脈とどう関連するのか
- FMSを指導する際にどのような教育方法が適切か
主な知見
FMSの定義と範囲
著者らは、FMSを明確に定義することの重要性を強調しています。FMSには、移動系スキル(走る、跳ぶなど)、操作系スキル(投げる、蹴る、捕るなど)、安定系スキル(バランスをとる、回転するなど)が含まれます。これらは文化や環境によって異なる場合もありますが、多くの身体活動やスポーツの基礎となる動作パターンです。
発達と健康との関連
FMSの発達は、子どもの全体的な発達や健康と深く関連していることが、多くの研究によって示されています。具体的には以下のような関連が指摘されています:
- FMSの習得度が高い子どもは、身体活動レベルが高い傾向にある
- FMSは健康的な体重の維持や体力の向上と関連している
- 幼少期のFMS習得は、青年期や成人期の運動習慣にも影響を与える
- FMSの発達は認知的発達や社会性の発達とも関連している
教育方法の多様性
著者らは、FMSを指導する際には、単一の教育方法に固執するのではなく、多様な教育アプローチを用いることを推奨しています。直接的な指導が効果的な場面もあれば、遊びを通じた学習や探究的なアプローチが適している場面もあります。重要なのは、学習者の発達段階や学習目標に応じて、適切な方法を選択することです。
FMSは体育教育の重要な焦点である
著者らは、FMSの推進に対する批判に対して、以下のような根拠を示しながら、FMSが体育教育において重要な焦点であり続けるべきだと結論づけています:
- FMSは生涯にわたる身体活動参加の基盤となる
- すべての子どもがFMSを習得する機会を持つべきである
- FMSの習得は、単なる運動能力の向上だけでなく、健康、認知、社会性など多面的な発達に寄与する
- 適切な指導がなければ、多くの子どもはFMSを十分に習得できない
今後の研究課題
著者らは、FMS研究の今後の方向性として、以下のような研究課題を提示しています:
- 異なる文化や環境における「基本的」なスキルの特定
- FMSの習得が長期的な健康や身体活動にどのように影響するかの縦断的研究
- 効果的なFMS指導方法の比較研究
- FMSの習得が認知的・社会的発達に与える影響のメカニズムの解明
現場への示唆
この論文は、体育教師や指導者に対して、以下のような実践的な示唆を提供しています:
FMSの指導を優先する
体育授業において、FMSの習得を重要な目標として位置づけることが推奨されます。特に幼児期から児童期にかけては、FMSの習得に最適な時期であり、この時期に適切な指導を行うことが重要です。
多様な指導方法を活用する
FMSの指導においては、一つの方法にこだわるのではなく、子どもの発達段階や学習内容に応じて、直接指導、遊びを通じた学習、探究的アプローチなど、様々な方法を組み合わせることが効果的です。
すべての子どもに機会を提供する
FMSの習得は、運動が得意な子どもだけでなく、すべての子どもにとって重要です。インクルーシブな環境を整え、すべての子どもがFMSを習得できるよう配慮することが求められます。
長期的な視点を持つ
FMSの習得は、単に現在の運動能力を高めるだけでなく、生涯にわたる身体活動習慣や健康の基盤づくりにつながります。目の前の上達だけで評価せず、長い時間の見通しをもって指導にあたることが求められます。
専門家のコメント
全てに効果があるというのは耳触りがいいが、他の領域、認知領域や社会性に肯定的な影響というのはいただけない。教育・学習とは、基本的にはトレードオフだからだ。ある内容に時間を割けば、別の内容に割く時間は減る。限られた時数の中で何を選ぶのかという問いを抜きにして、あれにもこれにも効くと並べることは、かえって基礎を扱う側の立場を弱めることになりかねない。効果の広さを示すのであれば、同時に何を手放すのかも誠実に示すべきではないだろうか。
海外のこうした議論は、学習指導論に関して、内容論と方法論を一体的にみている感じがする。本論文が、直接指導も、遊びを通じた学習も、探究的なアプローチも並べて提示できるのは、何を教えるかが決まれば方法は選べるという前提に立っているからだろう。
他方、心強い知見でもある。何を基礎として扱えばよいかに関して重要な示唆を与えるものである。現行の学習指導要領が低学年・中学年に「運動遊び」の領域を置いていることや、次期改訂に向けて小学校4年生までを運動の基礎を培う時期として位置づける方向が示されていることと、ここで整理された知見は無関係ではない。基礎とは何かを経験的に問い直す手がかりとして読める。
元論文情報
- Barnett, L. M., Stodden, D., Cohen, K. E., Smith, J. J., Lubans, D. R., Lenoir, M., Iivonen, S., Miller, A. D., Laukkanen, A., Dudley, D., Lander, N. J., Brown, H., & Morgan, P. J. (2016). Fundamental Movement Skills: An Important Focus. Journal of Teaching in Physical Education, 35(3), 219–225.
- DOI: 10.1123/jtpe.2014-0209


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