大学で学んだ新しい教え方は、教育実習に持ち込んだ瞬間に洗い流される。「wash out(洗い流し)効果」と呼ばれるこの現象は、40年以上前から教員養成研究の常識でした。実習校の保守的な文化、指導教員の不慣れ、そして「失敗できない」実習の緊張のなかで、実習生はドリル中心の伝統的な授業に戻っていく。では、洗い流されなかった例はあるのでしょうか。
本稿で紹介するのは、Brendan Moy(クイーンズランド工科大学)とTony Rossi(西シドニー大学)がPhysical Education and Sport Pedagogy誌に発表した研究です(2024年1月オンライン公開、2026年第31巻第2号に収録、オープンアクセス)。前年の研究で、大学の授業のなかで「本物の中学生」を相手に制約主導アプローチ(CLA)を学んだ教育実習生たちを追跡し、その学びが4週間の学校実習でどう生きたのかを、36名の振り返りとフォーカスグループから描いています。
この記事の要点
- 大学で「本物の生徒を相手に、少人数で、専門家の支援のもと」制約主導アプローチを学んだ実習生36名は、4週間の教育実習でも同じ原理(代表的な学習デザイン、制約操作による課題の単純化)で授業を設計できた。転移を支えたのは、大学側の授業設計と、受け入れ校の支持的な環境である。
- 日本では教師主導の学習指導が主流で、子ども中心の指導は教師個人の授業探求のなかに局所的に見出されるにとどまる。理論に根ざした指導スタイルが普及しない要因の一つは、実習先の教師の指導スタイルが、大学で学ぶものと一致していないことにあると私は考えている。
- 実習先の教師もまた、自身の経験の再生産のなかで体育授業を行うことが多い。だから理論的視点が実習生に育ちにくい。この論文は、まさにその一端を示す有益な知見を提供している。
詳しい検討は 専門家コメント に書いています。
研究の背景・目的
戦術学習(TGfU)以来、体育では学習者中心の指導法が数多く提案されてきました。制約主導アプローチ(constraints-led approach: CLA)もその一つで、運動行動は個人・環境・課題の相互作用から「創発する」ものだと捉え、代表的な学習デザイン、課題の単純化、制約の操作、機能的な動きの変動性の保証、暗黙的な学習を促す指示、という原理で学習環境を設計します。しかし世界的に見ても、現場の教師がこうした代替的アプローチを採用する割合は低いままで、伝統的な教師主導の方法が好まれ続けています。
教員養成では通常、学生はモデルやスペクトラムの形で代替的な指導法を学び、大学の仲間相手のマイクロティーチングで試し、教育実習で実践するよう促されます。しかし著者らは、仲間相手の模擬授業では、意欲も能力もばらばらな実際の生徒を前にしたときの現実に備えられないと指摘します。結果として実習生は、生徒の反応を解釈できず、リスクのある判断を避け、硬直した授業に流れていく。これを埋めるために提案されてきたのが、少人数の実習生が専門家と協働しながら、本物の体育の場面で代替的指導法の実践を探究する「大学での実践的な指導経験」です。
著者らは前年の研究(Moy, Rossi & Russell, 2023)で、この経験を実際に検証しました。オーストラリアの大学の体育科教育法の授業に、地元の中学校から9年生(13〜14歳)12〜14名を招き、5名一組の実習生が6回のアルティメット・フリスビーの授業を協働で計画・実施・観察・評価する。CLAの専門家が毎週の文献と問いを与え、観察の焦点を原理に向けさせる。この「本物だが低リスク」の環境で、実習生はCLAの原理を経験的に理解し、生徒の技能に見合った学習環境を設計できるようになりました。本研究の目的は、その同じ実習生を追い、この学びが、より本物で、より賭け金の大きい学校実習での指導にどう影響したかを明らかにすることです。
時期にも意味があります。実習は、クイーンズランド州の高校体育シラバス改訂の直前に行われました。改訂では運動学習の内容が情報処理モデルから生態学的モデルへと書き換えられ、CLAがその実践的な現れとして位置づけられたため、州内の体育教師の多くが筆頭研究者によるCLAの研修を受けていました。代替的な指導法に慣れた指導教員は実習生の挑戦に寛容だという先行知見から、著者らは、実習校がCLAを受け入れる環境になっているという仮説を立てています。
方法
研究デザインは、同じ学期のなかで「大学での指導経験の終了時」と「その後の実習の終了時」という2時点を追う縦断的なものです。対象は、前年の研究に参加した4年生40名のうち、実習で体育を教えた36名(20〜29歳、平均21.6歳、男性21名・女性15名)。実習は大学の授業終了の1週間後に始まる4週間のブロックで、配属校も指導教員も内容も研究者は関与せず、期間中の接触もありません。実習で教えた種目は、サッカー、バスケットボール、ネットボール、オーストラリアン・フットボール、アルティメット、フットサルといった侵入型ゲームが26名と大半を占め、陸上8名、野球1名、バレーボール1名でした。
データは二つです。一つは実習後に全員が書いた振り返りで、「大学での指導経験から学んだことは、実習での指導にどう影響したか。何をし、なぜそうし、何が起きたかを、具体的な根拠とともに物語ってほしい」という問いに答えるものです。評価されるのは省察の質と根拠であり、CLAに対する立場は評価しないと明示されました。もう一つは、志願した8名への30分の半構造化フォーカスグループです。分析はBraunとClarkeのテーマ分析で、たとえば「守備のプレッシャー」「経験不足」という符号が「律速要因の特定」という暫定テーマにまとめられ、最終的に「課題の単純化」として定義されました。
結果
実習生の語りからは、CLAの二つの中核原理を深く理解し、実習で本物の形で適用していたことが読み取れました。
代表的な学習デザイン
生徒の技能を高める必要に直面したとき、実習生は反復的で文脈から切り離されたドリルではなく、変動性と代表性を低く抑えた単純な制約主導のゲームを設計しました。10年生にアルティメットを教えたAshleeは、「ゲームに近い状況で技能を練習するほど転移は大きい」という大学での学びを根拠に、静止したパス練習の代わりに、複数のペアがグリッド内を動きながらパスし合う2対0を用いています。守備者ではなく「交通量」が知覚と判断と動作を結びつける、という説明です。
課題の単純化と制約操作
学習環境を設計する前に、実習生は代表性の高いゲームで生徒を観察し、パフォーマンスを制限している「律速要因(rate limiter)」を見立てていました。Benは5対5のバスケットボールを診断的評価として行い、ターンオーバーの多さの原因を守備のプレッシャーと経験不足に求めています。そのうえで、律速要因を乗り越え、環境の「アフォーダンス」を強調するように課題制約を操作します。Georgiaは7年生に対し、守備のプレッシャーを減らすために攻撃3人対守備1人のゲームを設計し、「常にフリーの味方がいる」という手がかりを際立たせました。その結果、普段なら守備者がいるとパスが通らない経験の浅い女子生徒たちが、ボールを保持し続けられるようになったと報告しています。
侵入型ゲームで最も多く報告された律速要因は「ボール周辺の密集」でした。Chrisはネットボールで、コートを縦に3つのゾーンに分け、通過したゾーン数に応じて得点が増えるルールと、攻撃専任の「浮動プレーヤー」2名を導入しています。生徒は広いチャンネルを使って散開し始め、1週目の5対5で見られた密集は解消されました。侵入型ゲーム以外を教えた実習生も同じ原理を使っており、三段跳びの助走を3歩に短縮する、野球のバットをテニスラケットに替えるといった単純化が報告されています。
考察のポイント
著者らは、大学から「現実世界」への転移を可能にした要因を二つ挙げています。第一は大学での指導経験の設計と実施そのものです。この経験は、CLAの原理を実習生自身が「学習者として」経験する構造になっていました。本物の中学生を相手にするという点で実習環境を代表しながら、半クラス(12〜14名)を5人で協働して教え、専門家が伴走するという点で複雑さが単純化されている。つまり、経験不足・自信のなさ・観察や分析の力の弱さといった、初任者の律速要因に対して、CLAの原理をそのまま適用した養成プログラムだったわけです。実際の生徒の技能を観察し解釈する経験を積んでいたからこそ、実習で同じ状況に出会ったとき、原理を思い出して適用できた。逆に先行研究では、仲間相手の模擬授業しか経験していない実習生は、生徒の能力を過大評価し、複雑なゲームで生徒がうまくできないと混乱して、ドリルの安全圏へ戻っていました。
転移は、大学で教えたのと同じか似た侵入型ゲームを実習で教えた実習生において、とりわけ大きかったとされています。アルティメットで学んだ「密集」への対処を、ネットボールやフットサルにそのまま持ち込めたからです。また、大学での経験自体が、明示的に教えられるのではなく、探索を通じて暗黙的にCLAの有効性を発見する構造だったことが、学びを長持ちさせたと著者らは考えています。
第二の要因は、シラバス改訂と重なったことで生まれた支持的な学校環境です。CLAの研修を受けた指導教員たちは、実習生の挑戦を抵抗ではなく支持で迎えました。Nickは「完全に自分のやり方で教える自由を与えられ、指導教員は感銘を受けて、すでに制約に基づく活動を自分の授業やコーチングに取り入れている。職員室で制約と伝統的指導について議論し、他の教師から新しい活動を求められ、授業を見たいと言われた」と語っています。
まとめ
著者らは、観察データがないことを認めたうえで、結論を控えめな範囲にとどめています。それでも本研究は、大学と実習のあいだの溝を越えうる協働的な指導経験の一例を示しました。支持的な学校文化と組み合わされたとき、このモデルは大学での学びを「現実世界」へ移行させる力をもち、体育に限らず教科を超えて授業の質と生徒の学習成果を高めうると結論づけています。今後の課題は、同じ実習生が初任教師になったあとの追跡です。進歩的な養成プログラムで身につけた実践は初任者の教室にはめったに現れないとされてきましたが、著者らのもとには、卒業生がCLAで10年生のバレーボールを教える様子を見て「見ているだけで多くを学んでいる」と書き送ってきた学科主任のメールが届いています。
専門家コメント
日本では、基本的には教師主導の学習指導スタイルが主流であり、子ども中心の学習指導スタイルは局所的に教師個人の授業探求の中で見出されることが多い。何らかの理論に根付いた学習指導スタイルが普及しない要因の1つとして、教育実習先の教師の指導スタイルが大学で学ぶ指導スタイルと一致していないことが挙げられる。また、教育実習先の教師も自身の経験の再生産の中で体育授業を行うことが多いため、理論的視点が実習生に育ちにくいことが問題点として挙げられる。この論文はまさにその一端を示すような有益な知見を提供している。
元論文情報
- タイトル:Supporting preservice teachers to implement an alternative physical education pedagogy on practicum
- 著者:Brendan Moy, Tony Rossi
- 掲載誌:Physical Education and Sport Pedagogy, 31(2), 191–204
- 発行年:2026年(2024年1月22日オンライン公開、オープンアクセス CC BY-NC-ND 4.0)
- DOI:10.1080/17408989.2024.2304845
- URL:https://doi.org/10.1080/17408989.2024.2304845
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